【序章】──深夜0時、鳴るはずのない電話
黒石市郊外、県道102号沿いに、今は使われていない古い電話ボックスがある。
ガラスは曇り、受話器は色あせ、照明は夜ごとに点滅する。
もう公衆電話が使われることなど滅多にないこの時代に、なぜかそのボックスだけは撤去されずに残っている。
だが、地元ではこう囁かれている。
> 「あの電話ボックスには、夜中の0時に“女の声”がかかってくる」
かけるのではない。
“かかってくる”のだ。
その電話に出た者は、翌日、同じボックスの中で“受話器を握ったまま”立ち尽くしているという。
第一章：黒石の町と「廃ボックス」
黒石市は、青森県のほぼ中央に位置する小さな城下町。
観光地としては温泉とねぷたで知られるが、近年は過疎化が進み、深夜に人影を見かけることは少ない。
その静けさが、かえって不穏な影を濃くする。
問題の電話ボックスは、黒石運動公園の北側、県道沿いのカーブにある。
昔は高校生がバスを待つ間に利用していたが、十数年前から使われなくなった。
けれども夜になると、不思議なことに──中の照明だけが点灯している。
電源はもう切られているはずなのに。
地元ではこの場所を、半ば冗談めかして“呼び出しボックス”と呼ぶ。
けれど、その名の由来を知る者は、もうほとんどいない。
第二章：最初の“呼び出し”
最初に事件が起きたのは、2006年の冬だったという。
深夜、通りかかったタクシー運転手が、ボックス内に女性の姿を見た。
白いコートを着て、受話器を耳に当てていた。
運転手は車を停め、声をかけた。
> 「どうかしましたか？」
女はゆっくりとこちらを向いた。
顔が、なかった。
正確に言えば──“白い何か”で塗りつぶされたように見えたという。
恐怖のあまり車を急発進させ、バックミラーを見た。
だが、ボックスの中は空だった。
翌朝、運転手が同僚に話したところ、同じ夜に別のタクシー運転手も“電話中の女”を見ていた。
第三章：電話ボックスの“声”
数年後、地元の高校生たちの間で奇妙な遊びが流行した。
**「午前0時、ボックスの電話に出ると“声”が聞こえる」**という噂だ。
やり方は簡単だった。
深夜、二人一組で電話ボックスに入り、受話器を取る。
もしコール音が鳴ったら、もう一人はすぐに外に出る。
録音を試みた者もいたが、音声には何も残っていなかった。
ただ、出た者たちは口をそろえて言う。
> 「確かに、誰かがいた」
> 「声は小さいけど、“名前”を呼ばれた」
> 「それが自分の声に聞こえた」
噂は次第に変質していった。
「ボックスの電話は、未来からかかってくる」
「電話の相手は“死ぬ前の自分”だ」
「出なかった者は助かる」
この“選択”の要素が、都市伝説としての恐怖を強めた。
第四章：記録された最後の通話
2013年、地元新聞が小さく報じた記事がある。
──深夜、黒石市内で男性が意識不明で発見された。
場所は、あの電話ボックスの中だった。
警察によると、男は受話器を握ったまま立っており、外傷はなかった。
ただ、受話器からは「ザー……」という微かなノイズが続いていた。
回線は既に物理的に切断されていたにも関わらず、である。
男のポケットから見つかったメモには、こう書かれていた。
> 「呼ばれた。声は、俺だった」
事件はそれ以上報じられなかった。
電話ボックスはその後も撤去されず、今もそのまま残っている。
第五章：なぜ“電話”なのか──心理的考察
“電話ボックスの怪談”は、日本全国に存在する。
特徴はどれも共通している。
- 夜間にだけ光るボックス
- かかってくるはずのない着信
- 呼ばれた者が姿を消す
- 声の主が「自分」
心理学的には、これらの話は**“自己呼び出し型の恐怖”**と分類される。
つまり、怪異が“他者”ではなく“自分の内側”から発生する構造だ。
電話という装置は、見えない相手の声を受け取る。
そこに、現代人の“孤独”と“未練”が反映されやすい。
黒石のボックスは、過疎地に残された**“最後の通信機”**として、都市の心理的残響を映しているのかもしれない。
第六章：電波の墓場──物理現象の仮説
黒石市郊外の電波状況は特殊だ。
山に囲まれ、気象条件によっては反射波が局地的に滞留する。
廃ボックス周辺でも、夜間に“無線ノイズ”が拾われるという報告がある。
つまり、電話ボックスの“呼び出し音”は、過去の音声の反響現象かもしれない。
だが、音響学的には、十数年前の音声が現実に再生されることはありえない。
それでも、受話器から聞こえる“声”は、録音されたものではないとされる。
──リアルタイムの音なのだ。
ならば、誰が、どこから？
答えは、ボックスの外ではなく、中にある。
第七章：沈黙の呼び出し
取材中、私は深夜のボックスに立った。
午前0時。
街灯の明かりはなく、ボックスの照明だけがぼんやりと灯っている。
雪が降り始め、世界が静まり返る。
恐る恐る受話器を取る。
──無音。
ただ、自分の呼吸音がガラスに跳ね返る。
その瞬間、コール音が鳴った。
1回、2回、3回。
それは、内線のような短い電子音だった。
私は思わず受話器を握り直す。
> 「……聞こえる？」
それは、私の声だった。
通話が切れた瞬間、ボックスの照明が消えた。
闇の中、窓に映る自分の顔が、ほんの少し遅れて動いた。
終章：呼び出しは終わらない
黒石市のボックスは、今も残っている。
道路脇の木々に覆われ、看板も消え、誰も近づかない。
それでも、夜中になると照明が点き、受話器が吊り下がるという。
誰が電話をかけているのか。
それとも、誰が応えているのか。
> 「もしもし──」
その一言を言ってしまった瞬間、通話は始まる。
そして、終わらない。
なぜなら、その声は、あなた自身だからだ。
FAQ（よくある質問）
Q1. 黒石市の電話ボックスは実在するの？
A. 実際に市内に複数の旧型公衆電話ボックスが存在しますが、本記事で語る「呼び出しボックス」は伝承・創作をもとに構成しています。
Q2. 本当に電話が鳴るの？
A. 電源が入っていないため実際の着信は不可能ですが、夜間に「電子音のようなノイズを聞いた」という証言はあります。
Q3. 霊現象ではなく心理的な幻聴では？
A. その可能性は高いです。深夜・孤立環境・恐怖期待が聴覚幻覚を誘発すると考えられます。
Q4. 現地に行っても大丈夫？
A. 非推奨です。県道沿いで夜間は危険。通報・事故の可能性もあるため、探索目的での訪問は避けてください。
参考文献・情報源
- Haunted Place Japan「青森県の心霊電話ボックス」
- 青森都市伝説取材アーカイブ「電話ボックスの噂と心理的幻聴」(2020)
- 黒石市郷土資料館聞き取り調査（2022年度インタビュー）
【警告と考察の立場】
本記事は、青森県黒石市周辺に伝わる口承・都市伝説・心理現象を基に構成したホラー文化考察作品です。
実在の個人・事件との関係はなく、霊的現象の実在を主張するものではありません。
記述は地域文化の記録として行い、迷信・心霊探索行為を助長する意図は一切ありません。
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