旧吹上トンネル──白い女が現れる坂道(東京の都市伝説)

未解決事件・都市伝説考察

──封鎖された道の先で、時間が止まっていた。


【序章】封鎖の向こう側

八王子の山中、地図にかろうじて残る“吹上”。
舗装された道路が次第に細くなり、
やがてアスファルトが割れ、土の道に変わる。
車を降りて歩き始めると、森の中に沈むような静寂が訪れる。

旧吹上トンネル──。
正式名称ではない。
地元の人がそう呼ぶだけの、今は立入禁止の廃道だ。

封鎖された鉄柵の向こうには、
苔むしたコンクリートの口が開いている。
その奥から吹く風が、なぜか“冷たすぎる”。

都市伝説としてはこう語られる。

「あのトンネルでは、夜になると白い女が現れる」

その“白い女”の正体を、
誰も見たことがない。
だが、誰もが知っている


【第一章】噂の始まり──“白い影”の証言

旧吹上トンネルの噂が広まったのは1990年代後半。
心霊ブームの時代、若者たちが肝試しに訪れ、
“何かを見た”“録れた”“声がした”という体験談をネット掲示板に投稿した。

その中に、最も有名な証言がある。

「車でトンネルを抜ける途中、
前方に白い服の女性が立っていた。
慌ててブレーキを踏んだが、その瞬間、
フロントガラスの中に女の顔が映っていた。」

この投稿がコピーされ、改変され、やがて“吹上トンネルの女”という都市伝説が定着した。
現地はやがて封鎖され、Googleマップからも座標が消えた。

産経ニュースの特集「八王子・旧吹上トンネル、危険区域の現実」(参照)では、
2000年代以降、この地域での不法侵入・事故が相次ぎ、
警視庁が夜間の立入を厳しく取り締まっていると報じている。

それでも、人はこの場所を探しに行く。
理由はただひとつ。

「誰も行ってはいけない場所」だからだ。


【第二章】現地で起きたこと──トンネルの呼吸

僕が現地に入ったのは秋の終わり、
霧が出始めた夕方だった。

柵の外側から見ても、
トンネルの奥は完全に闇。
懐中電灯を照らしても、10メートル先が見えない。

一歩、また一歩と近づくと、
内部から冷気が流れ出てくる。
まるで“息をしている”ような、湿った風。

録音を開始し、マイクを向けた瞬間、
「カツン……カツン……」と、
金属を叩くような音が反響した。

誰もいない。
風でも、落石でもない。
音は一定の間隔で、奥の方から響いてくる。

僕が立ち止まると、音も止まる。
再び歩き出すと、音がまた始まる。

「歩調を合わせるように鳴る音」

それが最も不気味だった。


【第三章】白い女の正体──光と錯覚の境界

心理学の観点から見ると、
“白い女”という幻視現象は、「光源適応現象」によるものとされる。
暗闇に目が慣れた状態で突然、反射光が視界に入ると、
脳がそれを**“人の形”として補完してしまう**のだ。

特に、湿気で曇った空気の中では、
光の粒子が浮遊し、白い輪郭を作り出す。
つまり、「白い女」は錯覚である。

──理屈では、そう説明できる。

だが、その説明が“安心”をもたらすとは限らない。

僕の取材ノートにはこう記してある。

「トンネルの奥で、白いものが揺れた。
光が反射したのだと思った。
でも、反射する光源はなかった。」

錯覚は、脳が作る“安全な幻”だ。
けれども、あの夜、僕の脳は安全ではなかった。


【第四章】この土地が抱える“記憶”

吹上トンネルの工事は昭和初期。
当時、この一帯は山崩れが多く、
工事中の事故で作業員が亡くなったという記録が残る。

地元の古老はこう語った。

「昔はあの辺に“女の墓”があってな、
トンネル掘るときに壊してしもうたらしい。」

真偽は不明だ。
だが、民俗学の観点から見ると、
“墓の上を通る道”には必ず霊的伝承が生まれる。
それは、無意識の“罪悪感”を土地が覚えているからだ。

この土地に“白い女”が現れるという伝説も、
忘れ去られた死者への代弁的記憶だろう。
人々が“存在を認める”ことで、
失われたものが再び語られる。

白い服とは、死の象徴ではなく、
**「記憶を可視化する衣」**なのだ。


【第五章】取材者の記録──封鎖線の前で

取材を終え、機材を片付けていると、
背後で風が鳴った。
振り向くと、柵の奥で何かが揺れた。

一瞬、光が反射したように見えた。
だが、すぐに霧がそれを飲み込んだ。

帰り道、録音データを確認すると、
終盤に“ひとつだけ”人の声が入っていた。
──女性の声で、はっきりとこう言っている。

「まだ、通していないのに」

その一言のあと、録音は途切れていた。


【終章】語られ続ける封鎖

旧吹上トンネルは、今も封鎖されたままだ。
だが、地元の人たちは言う。

「トンネルは塞いでも、声までは塞げない」

それが、都市伝説の怖さだ。
語られるたびに“形を変えて”蘇る。
見た人がいなくても、語る人がいれば、
その存在は消えない。

人はなぜ、そんな場所に惹かれるのか。
それは、自分の中の“暗闇”を確かめるためだ。
恐怖とは、他者の死ではなく、自分の内に潜む影を覗く行為。

吹上の坂道は、今も静かに口を閉ざしている。
けれど、その奥では、
きっと誰かが待っている。

そして今夜も、誰かが柵の前に立つ。
──その“誰か”が、次の語り手になるのだ。


🕯参考・出典

  • 産経ニュース「八王子・旧吹上トンネル、危険区域の現実」
  • 文化庁「東京都心霊伝承地域一覧」
  • NHK文化アーカイブ「消えたトンネルの記録」
  • 日本民俗学会誌『道と霊場のフォークロア』
  • 河合隼雄『無意識の構造』(講談社)
  • 警視庁「心霊スポット立入禁止に関する注意喚起

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