■ 導入──“その水、覗いたら終わりですよ”

宇部市を歩くと、どこか落ち着かない。
あの町には、炭鉱で栄えた記憶と、その影が今も静かに沈んでいる。
地元の人は決して口にしないが、飲み屋で酒が入ると、ときどき漏れる噂がある。
——宇部の水は、生きている。
——流れているのに、濁りが固定されている。
——夜になると“誰か”が通りの水路を歩く。
その中心にあるのが、宇部の“黒い水路” だ。
正式名称もなく、地図にもほぼ載らない。
ただ、人々はその場所を避ける。
大雨でも流れない。晴れても薄黒く濁ったまま。
底も見えず、覗くと“何か動いている気がする”。
僕が初めて聞いたのは、宇部の小さな食堂でのことだった。
店主は、皿を洗う手を止めて言った。
「……黒い水路には、近づかないほうがええ。
あそこは、今でも“人を返しちょらん”」
その声は冗談ではなかった。
この記事は、あの町に潜む濁りの正体を追った記録である。
ただし警告しておく。
読んだあと、あなたが水面に映る影を信じられなくなっても、僕は責任を取れない。
■ 山口都市伝説15選
■ 第1章|宇部市の“影”として語られる黒い水路

宇部市は炭鉱の町だ。
昭和の初めから中頃まで、石炭産業が町の呼吸だった。
その影響で、地下には複雑な坑道が張り巡らされ、地盤沈下が頻発した。
町の構造は今もどこか歪んでいる。
黒い水路は、その歪みの近くにある。
住宅街のはずれ、人が通らない細道。
雑草は人の腰ほど伸び、
街灯はなぜかその区画だけ光が弱い。
地元の女性がこう言っていた。
「子どものころ、“あそこは影が流れよりゅう”って言われちょったんよ。
水が黒いんじゃなくて、“影が水になっちょる”みたいでね」
“影の水”
その言葉が、いつまでも耳に残った。
■ 第2章|黒い水路で起きる「4つの不可解」

僕が集めた証言は、多くが似ていた。
黒い水路に近づくと、決まって同じことが起きるという。
● ① 水が逆流しているように見える
通常、水路は低い方へ流れる。
しかし黒い水路では、
下流へ流れているように見える人と、
上流へ流れているように見える人が同時にいる。
5人に聞けば、3人は逆方向を指差す。
つまり、流れが“揺れている”。
これは光の屈折や影のせいと片付けられなくもないが、
それにしても説明しづらい。
● ② 足音がついてくる
夜、水路沿いを歩くと、
“カツ……カツ……”と乾いた足音がついてくる。
ただ、距離が縮まらない。
後ろを振り返ると誰もいない。
ある高校生は、震える声で言った。
「あの足音、自分の歩幅じゃなかったです。
もっと、濡れた靴みたいな……ゆっくりとした重い音で」
● ③ 水の匂いが「泥」ではなく「腐らない匂い」
本来、淀んだ水は腐臭を放つ。
だが黒い水路は違う。
匂いが“無”に近いのだ。
嗅いでも、何も感じない。
これが逆に恐ろしい。
人は“腐らない水”に本能的な違和感を覚える。
それは“生き物が存在していない水”だからだ。
● ④ 水面に映る影が合わない
これは最も奇妙な現象だ。
黒い水路に人が立つと、
水に映る影が、
0.5秒ほど“遅れて動く”。
僕も体験した。
手を動かすと、影がワンテンポ遅れて追ってくる。
深夜の川辺で見る自分の影とは明らかに違う。
あれは影ではない。
“何かの形を持った別の存在”が、水の中に住んでいた。
■ 第3章|地元住民が語る「沈んだ人」の話

取材中、三名の地元住民が口を揃えて語った話がある。
どれも時期は違うが、内容が恐ろしく一致していた。
● ケース1:自転車ごと消えた中学生
昭和の終わり。
黒い水路に近い細道で、中学生が自転車ごと行方不明になったと言われている。
警察は“他の場所で事故に遭った可能性”として処理したが、
地元の古老はこう語る。
「あんとき、水がいつもより濁ってのう……
地面も沈みよった。あれは“誰か引いちょった”」
“引いちょった”とは、山口の方言で“引きずり込んでいた”の意味だ。
● ケース2:深夜の帰宅中、背後の足音が止まらなかった青年
大学生の男性が、黒い水路の前を通ったとき、
後ろに足音がついてきた。
彼はこう言う。
「歩くと止まるんですよ。止まると、また歩き出すんです。
後ろを向いたら……だれもいない。
でも、水面だけ、ゆっくり波打っちょったんです」
波紋が広がる中心には、
“人の足跡の形”のくぼみがあったという。
● ケース3:子どもの声が水からした
近くの民家に住む女性が、真顔で言った。
「夜中にね、水から子どもの声がしたんよ。
“おって……おって……”って。
ぞっとして窓を閉めたら、声が急に止まったんよ」
ただの空耳、と言われればそうなのかもしれない。
だが彼女の震えは本物だった。
■ 第4章|僕自身が聞いた「呼び声」

黒い水路の取材を始めて三日目。
深夜2時、僕はひとりでその場所を訪れた。
街灯はほとんど光らず、葉擦れの音もない。
ただ、街のどこかで空調の低い唸り声が響くだけ。
スマホのライトを落とし、
ゆっくりと水面を覗き込んだ。
黒い。
本当に、“黒い”としか表現できなかった。
泥の黒ではない。影の黒でもない。
光を吸収するような、深い深い黒。
そのとき、
——カツ……
——カツ……
ゆっくりと、後ろから足音がした。
僕は振り向いた。
誰もいない。
息を飲んだ瞬間、
水面がポチャン、と小さく跳ねた。
そして——
「……おいで」
確かに聞こえた。
耳元ではなく、水の底から。
僕は後ずさりした。
足がもつれ、尻もちをつく。
その瞬間、黒い水路から白いものが“覗いた”。
それは、
目だった。
水の中からこちらを見ている“目”。
それは人間の目ではなかった。
濁っておらず、深い闇を内包した目だ。
僕は無我夢中で立ち上がり、走って逃げた。
背後で、水が静かに波打つ音が聞こえ続けていた。
■ 第5章|「黒い水路」はなぜ黒いのか――考察

科学的な根拠はいくつか想像できる。
●・炭鉱跡から噴出する地下水の影響
宇部には古い坑道が無数にある。
その水が地上に混じり、濁って見えている可能性。
●・地盤沈下による水路の濁り
緩慢な沈下は今も続いており、
底が見えにくい理由のひとつかもしれない。
●・周囲の影が反射して黒く見える
水路周囲の構造上、光の角度によって異様に暗く見える地点がある。
しかし、
流れの方向が人によって違って見える現象
影が0.5秒遅れて動く現象
子どもの声のような音がする現象
これは、水の濁りでは説明がつかない。
地元の老人はこう言った。
「あそこは昔、人がよう落ちよったんよ。
その影が、水になったんじゃ」
影が水になった。
それが比喩なのか、戒めなのかは分からない。
だが僕は、あの目を見てしまった以上、
まったくの作り話だとは思えない。
■ 第6章|結論:宇部の黒い水路は“底を持たない”

黒い水路を取材して分かったのは、
あの場所には“人が認識できない何か”が存在しているということだ。
あれは水ではない。
ただの影でもない。
そこには“気配の層”がある。
これは僕の仮説だが、
黒い水路は宇部の地盤沈下の歴史の上に、
失われたものの記憶が沈殿している場所なのだ。
- 足音
- 影の遅れ
- 呼び声
- 水の跳ね方
どれもが、“生きている誰かの名残”のようだった。
最後に、もうひとつだけ書いておく。
黒い水路の前で立ち止まり、
水面を覗き込むと、
ときどき、影がひとつ増える。
背後を振り返っても誰もいない。
その影は、水の底からあなたの影を真似ているだけだ。
だから遅れて動く。
もしこの場所を訪れるなら、どうか気をつけてほしい。
あなたの影が、一つ増えたまま戻ってこないことがある。
黒い水路は、
“影の層を必要としている”のかもしれない。
■ 山口都市伝説15選
【参考資料】
・宇部市公式サイト(地形・歴史)
https://www.city.ube.yamaguchi.jp/
・経済産業省(炭鉱構造・産業遺産資料)
https://www.meti.go.jp/
・国土交通省(地盤沈下データベース)
https://www.mlit.go.jp/
・日本心理学会(錯覚・認知現象)
https://psych.or.jp/
・ナショナルジオグラフィック(視覚錯覚・自然現象)
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/
・国際日本文化研究センター(民俗学・水辺の怪異)
https://www.nichibun.ac.jp/
・NHK(地下水・都市構造関連ドキュメント)
https://www.nhk.or.jp/





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