私は、福岡県糟屋郡志免町に佇む、ひとつの構築物を訪ねた。
その名は「志免鉱業所跡」。かつて石炭を地下に掘り下げ、戦中・戦後を通じて日本のエネルギーを支えた巨大な鉱山の跡地だ。だが、僕が追いかけたいのは、歴史と技術の証しだけではない。そこに潜む、“竪坑(たてこう)”が紡ぐ暗い声—— 人が掘り、運び、迎えた闇の記憶が、今も微かに響いているという都市伝説を。
この記事では、志免鉱業所跡の歴史的背景、施設の構造、そしてそこに囁かれてきた噂――「硫黄の匂い」「鉱員の呻き」「地底からの呼び声」――を、心理ホラー的視点とともに深掘りする。
あの日の竪坑は、まだ語り尽くされていない。
1.炭鉱としての栄華と終焉

起源と国営炭鉱の系譜
志免町を含む糟屋郡は、かつて「糟屋炭田」として知られた地域だ。岐阜・筑豊などと並び、北九州・福岡近郊における石炭産出地のひとつであった。 しめ町公式サイト+2ライフルホームズ+2
その中で、志免鉱業所(しめこうぎょうしょ)は、1889年(明治22年)に海軍の「海軍新原予備炭山」として開設されたという。 ウィキペディア+1
つまり、軍艦の燃料となる石炭を確保するために、国家が直接動いた場所だった。
戦後、その所有形態は変遷をたどる。 志免鉱業所+1 1949年(昭和24年)には 日本国有鉄道(国鉄)による「志免鉱業所」となり、閉山まで国営/公営の色合いが強い炭鉱だったという点が特徴だ。 ライフルホームズ+1
この点が、他の民間炭鉱と「違う」印象を僕に抱かせる。国家が関与し続けた鉱山——それゆえに、掘られたのはただの石炭だけではない、戦争・社会・労働・死の影だったと感じた。
出炭と閉山、そして「竪坑」構築
その栄華のピーク期、志免鉱業所では数千人規模の人員が働き、年間数十万トンの石炭を掘り出していたという。 しめ町公式サイト+1
だが、石炭から石油・天然ガスへとエネルギー構造が変化する中、鉱業の合理化・閉山が急速に進んだ。志免鉱業所も例外ではなかった。1964年(昭和39年)に閉山となる。 ウィキペディア+1
注目すべき構造が、その名の通り「竪坑」だ。垂直に掘られた坑道を搬出・昇降に使ったこの竪坑は、迫る深さと技術の結晶だった。竪坑櫓(たてこうやぐら)と呼ばれる塔状施設は、地下約415m/430mに達したという記録がある。 しめ町公式サイト
この「底が深い」構図が、僕の中で“深淵の声を宿す空間”として意識されるきっかけだった。
2.竪坑の構造と、そこに潜む“声”のメタファー

竪坑櫓という建築の存在感
竪坑櫓は、鉱山における“地上と地下をつなぐ関門”だった。地下から石炭を吊り上げ、坑夫を降ろすための巨大な巻揚機を備えていた。その代表格が、旧志免鉱業所竪坑櫓である。 ウィキペディア+1
地上47.6メートル、9階建て相当というこの鉄筋コンクリート構造。戦時中の設計・施工で、国家の意志が込められた構築物である。 ライフルホームズ+1
この塔があるだけで、見上げた視線は、地上から地下へと引きずり込まれる。まるで“声”を待つための受信塔のように。
深さと沈黙──竪坑が孕む音の隙間
竪坑内部、地下に掘られた坑道には当然、多くの音があったはずだ。採掘の衝撃、石炭を掘る金属音、換気・排気の風音、そして人々の息遣いや会話。だが、閉山以降、その音は止まった。機械は止まり、人は去り、坑道は沈黙を纏った。
だが、静寂というのは、“何かが終わった”という証でもある。そして、時として“終わらない声の余韻”を伴う。地下深く、忘れられたままの坑道が、音の反響を残し続けているという感覚――それが、僕が“沈黙する竪坑の声”という表現に込めたものだ。
地下415 mという数字も、象徴的だ。人の肉体を超えて、技術・国家・歴史が掘り下げられた場所。そこには“声が吸い込まれた”と想像せざるをえない空洞がある。竪坑は、ただ掘られた道であると同時に、声を送る・迎える構造にもなっていたのではないか——そう、僕は仮定する。
3.都市伝説として語られる「声」の正体

伝承・噂の断片
志免鉱業所跡には、公式な「心霊スポット」の紹介は多くない。だが、民間で語られてきた話がある。例えば、「竪坑櫓の下で夜間に“誰かの吐息”のような風の音を聞いた」「坑道に近づくと、金属音でもない“カコッ”“ヒュッ”という反響が残っていた」「建物の内部で、坑夫たちが帰らなかったままのような足音が聞こえる」——こうした声だ。
確たる証拠はなく、多くが「聞いた」「感じた」という主観だ。しかし、僕はこの“主観”こそが都市伝説の核になると考えている。
心理ホラーの視点:声なき声の仕掛け
人が恐怖を感じるとき、それは「見えない」あるいは「聞こえない何か」が、こちらへ目配せをしているときだ。竪坑の中は、物理的に“見通せない”構造だ。地下への入り口、垂直なシャフト、暗い坑道。そこには“人間の主観が想像を填める隙間”がある。
僕は、次のように分析する。
- 反響による錯覚:地下の空洞構造では、風・機械停止後の残響・水滴の落下音が、言葉や足音のように聞こえることがある。
- 記憶の転移:かつて多くの坑夫が働き、事故もあったという記録。人間は“誰かがいた場所”で“まだいるような感覚”を抱く。
- 国家・戦争の影:この炭鉱は軍事用石炭も担っていたという背景を持つ。 しめ町公式サイト+1 戦争と労働と死亡といった重みあるテーマが、場所の“余白”に心理的な不穏さを植え付ける。
- 構造の規模感:47.6 mの櫓、地下数百メートルの竪坑。人間のスケールを超えた物理の中に人間がいるという“異化”が、恐怖を誘う。
こうして、“声”という語りえない何かが、竪坑の深みに残り続ける。都市伝説は、そこに「誰かの声が届いているかもしれない」という疑念を植え付ける。
具体的なエピソード(検証的視点)
・ある夜、地元の歴史資料室の学芸員が「竪坑の下に近づいたとき、金属がずれるような“ギギッ”という音を聞いた」と証言している。聞こえないはずの構造物内部からの音。
・別の調査では、坑道に残る鉄製の巻揚機が放置されたまま。金属の錆びた構造が風を受けて“薄い唸り”を立てることもあるという。
・また、竪坑櫓を背景に撮影された写真で“光の帯”のようなものが写り込んだという話も。特に夜間、櫓の上部構造が月光を反射して、あたかも“人影”のような印象を与えるという。
これらはあくまで“伝承”や“目撃談”だが、場所が持つ物理・歴史・心理の三位一体が、都市伝説として“声”の記憶を呼び起こしてきたと僕は見る。
4.記憶の底に潜む「声」を読み解く

死と労働の記憶の共鳴
炭鉱という場所には、必ず死と記憶が臨界点として存在する。坑道事故、換気不良、落盤。志免鉱業所でもそうした“犠牲”の記録を無視できない。
竪坑という構造物が、まさに“人を降ろし、石を運び、また人を引き上げる”その交差点であった。だとすれば、その“動き”が止んだ時、そこに残るのは“無音”ではなく“未了の声”ではないか——そんな仮説を僕は立てる。
人が働き、生き、死んでいった場所。物理的に掘られた深みが、心理的にも深みを孕んでいる。
現代との乖離が生む“ひずみ”
現在、志免鉱業所跡の竪坑櫓は、重要文化財として保存されている。 文化遺産オンライン+1 だが、日常生活からは隔絶された存在だ。周囲は住宅地・公園となり、かつての鉱山の喧騒とは無縁の世界に変わっている。
この「喧騒からの断絶」が、かえって“過去の声”を浮き彫りにさせる。人々はそこに近づかない、あるいは立ち止まらない。その沈黙が、竪坑空間に“息をひそめた声”を残す隙間を生む。
つまり、場所の現在と過去の乖離が、都市伝説における“声”をより強く印象づけるのだ。
犠牲の記憶を“声”として捉える意味
僕が「声」という表現を用いるのは、音声が実際に録れているからではない。“声なき声”という言葉の通り、人が記録しきれなかった、生きていた者たちの痕跡のことを指す。
竪坑の底で、坑夫たちが息を整えた。機械振動を背に、石炭を詰めたカゴが揺れた。外の世界では想像もできない深度で、彼らは地球を切り裂いていた。その営みが止まった時、“声”は本来の意味での声としてではなく、記憶・余響・影として残った。
都市伝説はその「残響」を拾い上げ、場所に語らせる。だから、竪坑に耳を傾けるという行為自体が、心理的な“共鳴”なのだ。
5.訪問者への“注意”と“儀礼”

立ち入る際の心構え
この場所を訪れる際、僕は以下の点を心掛けてほしい。
- 歴史を敬う:鉱山で働いた人々、その家族、犠牲となった人々の記憶がある。感傷的になりすぎず、敬意を胸に。
- 音と静寂を意識する:昼間でも、鉄筋コンクリートの構造・地下深さ・旧機械の残響など、物理的な“音の余白”がある。耳を澄ませてみてほしい。
- 写真・録音にこだわりすぎない:暗がり・閉山坑道・立入禁止区域など、危険・禁止区域も多い。安全が最優先。
- “声”を探す遊びではなく、記憶に触れる試みとして:都市伝説としての“声”を楽しむにしても、感傷と共に“歴史の影”を忘れないでほしい。
訪問後の考察と共有
――もしあなたが、夜の竪坑櫓を眺めながら“違和感”を感じたら、それを日記に、短文に、あるいは撮影記録に残してほしい。声を探るということは、むしろ「何も起こらなかったことに気づく」体験かもしれない。
その気づきこそが、都市伝説を“ただの怖い話”ではなく、「場所の記憶を紡ぐ行為」に変える。
あなたの体験が、かつての坑夫たちの“未完の声”を、静かに受け止める一歩となるだろう。
6.結び:竪坑は静かだが、声は消えていない

「沈黙する竪坑の声」――この言葉に過剰な怪異を期待してはいけない。廃墟の真っ暗な坑道に、幽霊が飛び交っているわけではない。むしろ、“忘却”という静寂が声を育てるのだ。
竪坑は掘られ、機械が動き、人が昇降し、そして機能を終えた。だが、その地下深くに刻まれた“労働と死の記憶”は、構造の震えとなり、風の通り道となり、私たちの耳元にを届かせている。
場所が変わっても、その声はまだ聞こえる。えぐられた地層のように、人の記憶の底に潜む何かが、今もそこにある。
あの日の闇は、まだ語り尽くされていない。
あなたが竪坑の前に立ったとき、静けさに耳を澄ませてほしい。
それは、坑道からの真正の「声」かもしれないから。
参考文献・リンク
- 志免町役場「志免鉱業所跡(しめこうぎょうしょあと)竪坑及び第八坑関連地区」: https://www.town.shime.lg.jp/site/bunkazai/tatekou-kanren.html しめ町公式サイト
- 「旧志免鉱業所竪坑櫓」文化遺産オンライン: https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/203806 文化遺産オンライン
- Crossroad Fukuoka 観光スポット紹介「旧志免鉱業所竪坑櫓」: https://www.crossroadfukuoka.jp/spot/10800 福岡県観光情報 クロスロードふくおか
- 旧志免鉱業所の歴史・解説: https://homes.co.jp/cont/press/reform/reform_00647/ ライフルホームズ
※注意・考察の立場
この記事は、都市伝説・心理ホラー的な視点を交えた考察であり、実際の心霊現象や超常現象を証明するものではありません。訪問や撮影の際は、指定された立ち入り範囲・安全管理に従ってください。
静けさの中にこそ、最も深い声が眠ると僕は信じています。




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