【導入】夜、トンネルの中で
あれは、梅雨が明けきらぬ六月の夜だった。
那覇市の中心部から首里の丘へと車を走らせる。湿った風が窓を叩き、街灯の光が坂を這い上がっていく。
——トンネルが見えてきた。
首里の丘を貫くその暗い穴は、昼間でもどこか重苦しい。夜に差しかかると、ライトが照らす範囲だけが世界の全てになる。
車内に流れるラジオの音が、ふっと途切れた。代わりに、どこか遠くから聞こえてくるような“声”が混じる。
「……たすけて……」
僕は思わず音量を下げ、耳を澄ませた。
風かもしれない。タイヤの軋みかもしれない。
けれど、確かに「誰か」がそこにいた。
その夜から——僕は“首里トンネルの声”という都市伝説を追い始めた。
第一章|那覇・首里トンネルにまつわる噂と現実

◆「助けて」と囁く声の正体
那覇市の中心と首里地域を結ぶ複数のトンネル。そのうちの一つが、地元では“首里トンネル”と呼ばれている。
夜中に走ると、エンジン音に混じって「助けて」という声がする。
あるいは、ラジオのノイズの中に女性の泣き声が聞こえる。
そんな噂が広まったのは2000年代初頭。
地元サイト「HighspeedTrend」の『沖縄の都市伝説10選』(出典)では、この話を次のように紹介している。
「トンネルの中で『助けて』という声を聞いた人がいる。
その声はラジオからも流れてきたという。」
短い一文。それだけで人々は「首里トンネル=霊の棲む場所」と認識した。
続いて「Churatown」の琉球新報連載(出典)が、この地域のトンネル群を「心霊スポット」として特集。
動画サイトでも「深夜に首里トンネルで検証してみた」という投稿が増え、いわゆる“ネット怪談化”が進む。
しかし、どの証言も場所・日時・音声記録が曖昧だ。
まるで“存在しない声”そのもののように、情報は掴みどころがない。
第二章|音響が生む幻聴——“声”の科学的側面

僕は一度、実際に首里トンネルを歩いてみた。
昼間でも内部は薄暗く、天井からは水滴の音が絶え間なく響いている。
それが壁に反射し、重なり、やがて“誰かの声”のように聞こえてくる。
これはパレイドリア現象と呼ばれる心理作用だ。
脳は意味のない刺激を、意味あるものとして解釈しようとする。
雲の形を“人の顔”と見間違えるように、音の波も“言葉”に変換してしまうのだ。
土木学会の資料によると、トンネル内部の反響音は周波数500〜800Hzの帯域で強く残る。これは、女性の声の平均的な高さに近い。
つまり、「助けて」と聞こえる理由は、音響構造と人間の知覚の癖によるものだとも言える。
だが、それだけでは説明できない。
なぜ多くの人が「同じ言葉」を聞くのか?
“助けて”という音列が、人間の潜在意識のどこかに埋め込まれているのではないか。
それは、他者の痛みを想像する能力が生む幻聴——とも考えられる。
第三章|土地が語る声——首里・那覇の記憶と残響

◆ 王国の都が抱く死の記憶
首里は、かつて琉球王国の中心地だった。
玉陵(たまうどぅん)には歴代国王と家族の遺骨が眠る。
その周囲には、戦前から「人の声がする」「影が動く」といった噂が絶えなかったという。
1945年、沖縄戦。
首里の地下壕では、多くの市民と兵士が息絶えた。
炎と煙に包まれた地上から逃げるように、トンネルのような壕に身を潜めた人々。
彼らが最後に残した言葉も、おそらく「助けて」だったのだろう。
その“声”が、今も地の底を彷徨っている——。
そう信じる人がいても、不思議ではない。
◆ 都市の記憶が生む残響
高度経済成長期、首里の丘は掘り崩され、道路とトンネルが新設された。
墓地が移転し、古道が切り裂かれた。
地図の上では整った都市の構造の下に、忘れ去られた生活と死者の痕跡が埋もれた。
トンネルとは、過去と現在を“貫く”構造物だ。
だからこそ、声が聞こえる。
それは霊の声ではなく、地層に残った記憶の反響なのだ。
第四章|SNSが作る“第二の口承”

現代の怪談は、もう「語り手」から始まらない。
アルゴリズムが、語る。
「首里トンネルの声」は、まとめサイトからTikTok、そしてYouTubeへと拡散した。
“心霊検証”と称した動画では、編集されたノイズや加工音が恐怖を煽る。
誰かが再生し、また誰かがコメントを残す。
——その繰り返しの中で、物語が自走を始める。
昔の口承怪談が“人から人へ”伝わったのに対し、今の都市伝説は“データからデータへ”と複製される。
そこに“意志”はない。
けれど、無数の再生が積み重なるうちに、誰かの耳に“本物の声”が届くことがある。
それは、ネットのノイズの中に宿る“デジタル怪談”の誕生でもある。
第五章|“助けて”という呼び声——恐怖の心理

恐怖の根源は「孤独」と「他者の存在」が同時に感じられる瞬間にある。
完全な孤独よりも、「誰かがいるかもしれない」方が、人は強く恐れる。
トンネルの闇の中で聞こえる「助けて」は、その心理を正確に突いている。
——自分ではない“誰か”がここにいる。
——その誰かは苦しんでいる。
——だが、助けられない。
この三重構造が、人の心を揺らす。
恐怖とは、他者への共感の裏返しなのだ。
心理学者カール・ユングはこう述べている。
「無意識の声を聞く者は、自身の影を知る者である。」
首里トンネルで聞こえる“声”もまた、私たちの中に眠る罪悪感と同情の記憶が形を取ったものかもしれない。
第六章|都市と観光が飲み込む“怪談”

いま、首里地域は観光地として再生の途上にある。
その中で「心霊トンネル」という言葉は、恐怖と同時に“集客の道具”にもなっている。
廃墟ツアー、戦跡ナイトウォーク、肝試しマップ。
恐怖は商品化され、再生産される。
しかし、地元のある年配の女性はこう語った。
「あの声はね、怖がらせるもんじゃないよ。
聞こえたら、手を合わせて帰りなさい。」
——それは、土地の記憶を“供養”するという発想だ。
怪談を「語ること」で、私たちは無意識に“過去とつながる儀式”をしているのかもしれない。
終章|闇を抜けた先にあるもの
トンネルを抜けると、視界が広がる。
街灯がまぶしく、遠くにモノレールの光が走っている。
エンジンを止めると、耳の奥に“あの声”がまだ残っていた。
「助けて」
それは、恐怖ではなかった。
むしろ——懐かしさに似た響きだった。
おそらく、あの声は“誰か”のものではない。
都市の奥底に眠る記憶。
そして、僕たち自身の心の中の“忘れられた声”なのだ。
夜の那覇を走るたびに思う。
あの声を聞くのは、選ばれた誰かではなく——
**「今も過去を抱えている全ての人」**なのだと。
トンネルの出口を過ぎても、その声はしばらく耳の奥に残る。
それが完全に消える前に、あなたは何を思い出すだろうか。
——あの日の闇は、まだ語り尽くされていない。
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