【序章】

——議事録は“書く人”がいなくても残るのか?
福岡県久留米市。
筑後地方の中心都市として栄え、
市役所は常に大量の会議・協議・決裁が行われる“行政の心臓部”だった。
だが、この市役所には、
長年さまざまな職員が口を揃えて語る奇妙な噂がある。
それは、
“誰のものかわからない議事録”
が、ときどき見つかるという話だ。
内容はごく普通の議事録。
会議の進行、発言者、討議点、結論。
文章の構成は市役所の議事録として標準的で、
手書きではなく市役所内で使われるテンプレートと酷似している。
しかし――
・その会議自体が存在しない
・参加者の名前が一人も一致しない
・部署名が“古すぎる”または“存在しない”
・配布した記録がいつの間にか“元に戻っている”
という異常がある。
職員はこう言う。
「あれは……市役所が“勝手に記録した”んじゃないですかね」
行政が勝手に記録する──
そんなことがあり得るのか?
この記事では、
久留米市役所で実際に語られてきた“謎の議事録”について、
行政建築、文書管理の仕組み、建物の構造、歴史、そして心理的背景から
徹底的に掘り下げていく。
静かな市役所の一室で書かれたはずのない記録。
その正体は、本当に“誰かのもの”なのだろうか。
名前が消えても残った“行政の記憶”。
市役所の“もう1つの階層”に残る気配。
第一章|久留米市役所という“文書の城”

久留米市役所は、南北に長い特徴的な庁舎構造を持つ。
会議室の数が多く、部署間の連絡が多いために
文書のやり取りが非常に盛んな行政だ。
特に、
“議事録文化が強い市役所”
として知られている。
■ 毎日のように会議がある
■ 協議の履歴が重視される
■ 発言者の記録が詳細に残される
つまり、
行政が積み重ねてきた“記録の層”が厚い。
この“記録の積層”こそが、
後述する「誰のものかわからない議事録」が生まれる土壌でもあった。
第二章|職員が見た“存在しない会議の議事録”

久留米市役所でこの噂が最初に語られたのは、
平成初期のころだという。
古い職員はこう証言する。
「朝出勤すると、コピー室の机の上に『議事録』が置いてあるんです。
でも、その会議はスケジュールに無いんですよ。」
さらに別の職員はこう語る。
「議事録の内容が、どの部署にも該当しない。
だけど書式は正規のテンプレートそのまま。妙なんです。」
その議事録に書かれている内容はおおよそこうだ。
・日付は“平成7年4月”など古い
・参加者名に見覚えがない
・部署名が存在しない、または改組前の名称
・議題は“建物の振動”や“地下の温度”など曖昧な内容
奇妙なのは、
その文書を管理システムに入力しようとすると、元ファイルが見つからない。
紙はあるのに、
データはない。
まるで誰かが“紙だけ残した”ようだった。
第三章|議事録が現れる場所は“決まっている”

市役所のどこに議事録が現れるのか?
調査した職員によれば、
その場所は毎回ほぼ同じだった。
■① コピー室
→ 誰のものでもない書類が“置きっぱなし”になる典型地点。
■② 使用頻度の低い会議室
→ 長机の上にそっと置かれていることがある。
■③ 地下の文書保管室
→ ダンボールの隙間に紛れ込むように置かれていた事例も。
つまり、議事録は
“会議が行われたはずの場所”
に残されている。
これは偶然ではない。
行政建築は、
“空間が記録を求める”ような構造を持つことがある。
深夜2時、誰もいない窓に灯る光。
第四章|最も奇妙な議事録──“白紙だったはずのメモ”

この噂の中でも特に不可解だったのが、
ある職員が記録した次のエピソードだ。
「前日、白紙のメモ帳を会議室に置いて帰ったんです。
翌朝、書きかけの議事録になっていました。」
書かれていた内容は以下。
・会議名:〇〇管理協議会(存在しない)
・議題:地下倉庫の振動について
・記録者の欄が空白
・しかし文章は市役所職員の文体そっくり
さらに恐ろしいことに、
その後もそのメモ帳に数行ずつ“追記”されていった。
特定の誰かがいたずらした形跡はない。
監視カメラにも誰も映っていない。
まるで“誰かが仕事の続きをしていた”ように。
第五章|議事録に書かれる“発言者”は誰なのか?

議事録には、通常「発言者」が記される。
しかし問題の議事録に書かれている発言者は、
どれも実在しない名字だった。
「佐橋」
「榎谷」
「松音」
「花房」
市役所職員の中に同じ名字の人はおらず、
市内にも希少な名字が含まれている。
だが職員の一人が興味深い指摘をした。
「名字の感じが“昭和50年代以前の記録”に似ているんです」
久留米市役所は、
昭和後期に大規模な組織改正を行っている。
その際、消えた部署、異動した人、短期採用の人、
詳細が残っていない記録も多い。
もしかすると議事録に書かれた名前は、
かつて働いていたが記録に残っていない職員たち
のものだったのかもしれない。
第六章|議事録の内容は“市役所の欠点”を指摘している?

議事録に書かれている内容には特徴がある。
それはーー
市役所が抱える“構造上の弱点”を指摘している点だ。
例)
・「地下倉庫の温度変化が気になる」
・「議会棟の旧動線に異常が出ている」
・「会議室の換気音が夜だけ大きくなる」
・「職員通用口の防音材が薄い」
つまりこれは
“現場の人間にしか気づかない問題点”
ばかりなのだ。
議事録の存在は、
市役所が自分自身の異常を記録しようとしている
とすら思えてくる。
第七章|なぜ議事録は“紙”だけ残るのか?

最も不思議なのは、
議事録が“紙だけ存在し、データがない”という点である。
行政文書は通常、
デジタル管理が基本だ。
原本は紙でも、必ずスキャンされる。
しかしこの議事録は、
どれも紙しか存在しない。
これは、
データではなく“建物の記憶”として残った記録
だと考えると辻褄が合う。
行政建築には、
長年の蓄積で“仕事の残像”が染み付くことがある。
それが、文書という形で現れたのかもしれない。
【終章】

——議事録が残したのは、誰かの声ではなく“行政の記憶”
久留米市役所に現れ続ける“謎の議事録”。
■ 実在しない会議
■ 存在しない発言者
■ 書式だけ正確な文書
■ 白紙が勝手に書きかけになる
■ 紙だけが存在しデータがない
これらを霊的に解釈する必要はない。
これはきっと、
行政という巨大なシステムが残した“影の記録”
なのだ。
会議の空気、日々の議論、職員たちの思考、
残務の圧、長い沈黙。
行政建築は、それらを吸収してしまう。
そして夜になると、
まるで“誰かが仕事を続けている”ように、
紙に記録を残していく。
久留米市役所の謎の議事録は、
人間ではなく、
行政という「無名の意思」
が残したものなのかもしれない。
あなたが市役所を訪れ、
ふと机の上に紙が置かれているのを見かけたら——
それは、誰かの仕事の続きではなく、
建物そのものが書きつけた“記憶” なのかもしれない。








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