『Ghost Train(괴기열차)』感想(レビュー)

ホラー映画考察・心理分析

――終電を越えた先で、誰かがまだ乗っている

1. 導入 ―― 夜のプラットホームに潜む“声”

夜、終電が過ぎたホームに立つと、
どこかから“鉄の息づかい”が聞こえてくることがある。

列車がもう通らない時間帯、
それでも風がトンネルを抜けるとき、耳の奥で汽笛のような響きが残る。

映画『Ghost Train(괴기열차)』(2025/韓国)は、
まさにその“残響”を可視化するようなホラー作品だ。

監督はタク・セウング(Tak Se-woong)
主演のチュ・ヒョンヨンが演じるのは、ホラー系YouTuberのダギョン
再生数と話題性を追う彼女が、
やがて「幽霊列車伝説」に足を踏み入れ、
“見てはいけないもの”を記録してしまう――という物語。

韓国ホラー特有の静寂と暴発のリズム
そして社会的寓意を宿す恐怖が丁寧に設計された本作は、
『黒い司祭たち』や『コンジアム』以降の流れを汲みながら、
「デジタル世代の罪と贖い」を題材にしている。


2. あらすじ ―― 消えた駅と“13番線”

ダギョンは、視聴数の低迷に焦りを感じていた。
ある夜、視聴者の一人から「廃駅で列車の幽霊が出る」という噂を聞く。
場所はグァンリム駅――すでに公式運行から外され、
終電以降は封鎖されているはずの場所だ。

彼女は青年ウジン(チェ・ボミン)と共に現地取材を開始。
駅長(チョン・ベス)は二人に警告する。

「13番線には、二度と戻らない列車が停まる。」

それでもダギョンは撮影を強行する。
ホームには、誰もいない。
だが、カメラが捉えた映像には、
過去の乗客たちの“影”がうっすらと映り込んでいた。

深夜、風が止み、トンネルの奥から汽笛が鳴る。
やがて、古びた列車がホームに滑り込んでくる。
車内の灯りが明滅し、窓には笑うような人影。

――そして、その列車に乗った者は、戻らない。

やがてウジンが行方不明となり、
ダギョンは“もう一人の自分”と対峙することになる。
カメラ越しに見えるのは、
撮る者と撮られる者の区別が消えた“鏡像の地獄”だった。


3. 演出と映像美 ――「音」と「闇」が語る映画

『Ghost Train』の恐怖は、派手なビジュアルではなく“空気の密度”で作られている。

照明は極端に絞られ、光が届かない場所が異様に深い。
鉄の反射、蛍光灯のちらつき、トンネルの息――
それらが一枚の絵画のように構成されている。

音響設計も見事だ。
無音の時間を長く保ち、観客が“何かが来る”と構える寸前に、
汽笛やドアの軋みを差し込む。
その**「静→爆」**のリズムは、『哭声/コクソン』にも通じる心理的恐怖の手法だ。

また、撮影の多くが手持ちカメラ+監視カメラ+YouTube撮影映像で構成される点も特徴的。
映像が“記録”と“呪い”を同義に変える。
つまり、カメラを回す行為そのものが、怪異を呼ぶ儀式になっているのだ。

視点が何度も切り替わる編集も秀逸。
観客はいつの間にか「YouTubeの視聴者」と「幽霊の目」の境界を見失う。
誰が見ていて、誰が見られているのか――
その混線こそが、この映画最大の恐怖である。


4. 演技とキャラクター ―― 恐怖を生むのは“信じたい”という欲望

チュ・ヒョンヨンの演技は、想像以上に繊細だ。
序盤では軽薄なYouTuberとして描かれる彼女が、
次第に“撮影者から被写体へ”堕ちていく過程は見事な構成。

彼女の目線が変わる瞬間、観客は恐怖と同時に共感を覚える。
「真実を見たい」という欲望は、誰の中にもあるからだ。

チェ・ボミン演じるウジンは、
理性と恐怖の間で揺れる“現実の錨”のような存在。
しかし、彼がダギョンの信念に引きずられていく描写には、
現代人が他者の“炎上”に同調していく危うさが重ねられている。

そして駅長。
彼の無表情な忠告が、物語を貫く**“神の不在”**を象徴する。
誰も助けてくれない。
信仰も、理性も、闇の前ではただのノイズにすぎないのだ。


5. テーマと社会的文脈 ―― 「記録」と「贖い」の物語

『Ghost Train』は、幽霊を描きながら、
実は現代の「記録文化」への警鐘として設計されている。

私たちは、他者の痛みを“映像”として消費し、
再生ボタンを押して恐怖や悲劇を楽しむ。
それはまるで、誰かの死を乗車券のようにクリックする行為だ。

ダギョンがカメラを向けるたび、
観客は“見世物としての恐怖”と“生々しい後悔”の境界を越えていく。
幽霊列車は、そうした欲望の象徴であり、
「承認欲求という呪い」を乗せて永遠に走り続ける。

この寓意は、『コンジアム』や『Search Out』といった韓国サイコ・ホラー作品とも連続性を持つ。
だが『Ghost Train』が優れているのは、
それを“説教”ではなく、“美学”として語る点だ。

汽笛はまるで心臓の鼓動のように鳴り、
カメラの光は儀式の蝋燭のように瞬く。
そこにあるのは、恐怖よりもむしろ――
「罪を映す鏡」としてのスクリーンだ。


6. 総評 ―― 闇を記録すること、それは祈りに似ている

『Ghost Train』は、
血や悲鳴で恐怖を作る映画ではない。
その代わりに、沈黙と反響で心を凍らせる。

映像的完成度は高く、脚本はやや説明不足ながら、
“わからなさ”こそが怪異の本質であることを、見事に理解している。

現代的なテーマ(SNS・承認欲求・報道と倫理)を内包しながら、
それを説教ではなく神話的ホラーとして昇華させている点は称賛に値する。

私はこの作品を観て、
もう一度“見る”という行為そのものの重さを考えた。

恐怖とは、外にいる亡霊ではなく、
「見たい」と願う自分自身の眼の中に棲んでいる。

最後の汽笛が鳴り終わったあと、
私はしばらく席を立てなかった。
スクリーンの闇に、まだ何かが映っている気がして――。

――あの列車は、今も走っている。
光を失ったまま、私たちの記憶の中を。

🌕 総合評価(5段階)

項目評価コメント
物語構成★★★★☆怪異の正体をあえて曖昧にする構成が功を奏し、緊張を最後まで持続。説明不足な部分も“余韻”として成立している。
映像・演出★★★★★光と闇、音と沈黙の対比が見事。トンネルの深度とカメラの視点操作が美しい。現代韓国ホラーでも突出した完成度。
演技・キャラクター★★★★☆チュ・ヒョンヨンの心理的崩壊を描く演技が圧巻。ウジンとの関係性にもう一歩深みがあれば満点。
恐怖演出★★★★☆ジャンプスケアより“静かな恐怖”で攻める知的ホラー。劇場の暗闇が本当に怖くなる。
テーマ性・余韻★★★★★承認欲求・記録文化・罪と贖い――現代社会に突き刺さる寓意が見事。観終わったあとに沈黙が続く。

▶ 総合評価:★★★★☆(4.5/5)

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