導入──その部屋の“静けさ”に、何かがいる気がした。

夜のテレビから、ぼそりと流れる声が耳を掠めた。
「2025年7月25日公開──『事故物件ゾク 恐い間取り』」
その瞬間、私は思わず目を止めた。
壁紙の剥がれかけた一室。
無人のはずの部屋に、誰かの気配。
あの映画の予告には、説明のつかない“懐かしい怖さ”があった。
なぜ私たちは、そんな場所に惹かれてしまうのだろう。
誰かが死んだ部屋、事件があった部屋──
それを「事故物件」と呼ぶ。
本来なら避けるべき“忌まわしい空間”のはずなのに、
人はそこに奇妙な興味を覚える。
1. 「事故物件」と「心理的瑕疵」──死の痕跡が残る部屋
不動産の世界で「事故物件」とは、過去に自殺・他殺・孤独死など、
人の死が直接関わった物件のことを指す。
法律的には「心理的瑕疵物件(しんりてきかしぶっけん)」と呼ばれ、
“人が心理的抵抗を感じる出来事”があった場所を意味する。
例えば津田商会による定義では、
「心理的瑕疵とは、事件・事故・自殺などが発生し、
その事実を知ると購入・賃貸をためらう可能性があるものを指す」
(津田商会 不動産コラム)
つまり、“見えない汚れ”が残る空間。
そこに棲むのは霊ではなく、記憶そのものだ。
2. “場所の記憶”──消えないものを、私たちは感じ取っている
事故物件をめぐる恐怖の根底には、
「場所が記憶を持つ」という人間的な信仰がある。
海外の研究では、このような場所を「stigmatized property(汚名付き不動産)」と呼び、
市場価値が平均よりも10〜20%下がるという報告もある。
(ResearchGate: Stigmatized properties and housing values)
死や事件は、そこに住まう者の意識を侵食する。
たとえ何も起きなくても──
夜、冷たい空気が流れた瞬間、
“ここで誰かが息を引き取った”という事実が、
壁の中で囁くように感じられる。
3. 恐怖と好奇心──“タブー”が人を呼び寄せる
心理学的に見ると、恐怖と好奇心は極めて近い感情だ。
人は「安全な恐怖」に対して快楽反応を示す。
ホラー映画や肝試し、怪談話が後を絶たないのはそのためである。
“事故物件”という言葉が持つ響きは、
恐怖と同時に“知りたい”という欲望を刺激する。
その裏に、何があったのか。
なぜ、誰が、どうして──
語られないものほど、私たちは深く覗き込もうとする。
まるで、開けてはいけない扉を前にした子供のように。
4. 「安さ」では説明できない魅力
確かに、事故物件の多くは相場より安い。
しかし、それだけでは人は惹かれない。
ある調査によれば、心理的瑕疵物件を「安ければ住んでもいい」と答えた人は42%。
だがその半数近くが「興味本位で体験してみたい」と答えている。
(ワケアリプロ調査)
つまり、“恐怖を所有したい”という欲求。
他人の死を、自分の空間の中で確かめたいという本能的衝動。
人は“生と死の境界”を、ほんの少しだけ踏み越えてみたくなるのだ。
5. 見えない恐怖──音もなく忍び寄る“記憶”
事故物件に住んだ人の体験談には、
決まって“異音”や“視線の気配”が登場する。
ある不動産取引サイトの調査では、
「何も見えないのに夜中に音がする」「急に寒気を感じる」といった報告が多く、
原因が説明できないケースも多いという。
(LIFULL HOME’S 調査データ)
科学的に見れば、音響や気圧、電磁波などの影響かもしれない。
だが、恐怖とは常に“理由を越えた何か”だ。
説明できないものに、私たちは想像という名の影を与える。
──そして、その影が、心の奥に棲みつく。
6. 映画が映す“語り”の力
『事故物件ゾク 恐い間取り』は、
ただの続編ではない。
それは、現代の“語られる恐怖”を象徴する作品だ。
SNSやYouTubeを通じて語り継がれる実話怪談。
その連鎖が現実の感覚を侵食し、
「映画の中の出来事」と「実際の恐怖体験」の境界を曖昧にしていく。
映画は、事故物件を“現代の祠(ほこら)”として描く。
人々が恐怖を覗き込み、祈るように観る。
そこに棲むのは幽霊ではなく、
“恐怖という欲望”そのものである。
7. 倫理と消費──“誰かの死”で作られた物語
事故物件ホラーは、時に“死の商業化”という批判を受ける。
確かに、その部屋で命を落とした人がいる以上、
単なる“ネタ”として消費することには慎重さが必要だ。
しかし同時に──
恐怖を語ることは、「死を忘れない」という行為でもある。
私たちは恐怖を通して、死を見つめ、生を確かめる。
その構図を映し出すのが、この映画の本当の意義なのかもしれない。
結び──恐怖は、あなたの中にある。
人はなぜ、事故物件に惹かれるのか。
それは“死”を外に追いやりながらも、
どこかで触れたくて仕方がないからだ。
恐怖とは、闇の中ではなく、
心の奥に棲む。
そして、映画『事故物件ゾク 恐い間取り』は、
その闇を静かに、確かに映し出している。
🔗 参考・引用情報
- 津田商会「心理的瑕疵物件とは?」
- ResearchGate「Stigmatized properties and housing values」
- ワケアリプロ「心理的瑕疵物件の許容度調査」
- LIFULL HOME’S「事故物件で起こる不思議な体験」
📜 警告と立場
本記事は映画『事故物件ゾク 恐い間取り』および関連する社会的・心理的現象を考察したものであり、
特定の物件・地域・人物を断定的に描くものではありません。
恐怖の感じ方や霊的現象の解釈には個人差があり、科学的検証が必要です。
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